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選文|04. 一夜で発酵する、塩いらずのお漬物 『TURNS』Vol16 P.142-143

[連載] 地元のお母さんに教わる郷土料理 第7回
すんき(長野県木曽郡木曽町)

土地の暮らしが見える郷土食。
長く愛されてきた味を
旅して巡る食紀行。

「ようやく!ようやくですよ。ここ数日寒くなって、やっと本格的にすんきをつくれるようになったの」。
 すんきの話になると、野口廣子さんはとたんに饒舌になる。長野県の南西部、寒さの厳しい木曽地方で農業を営む廣子さんは、冬になると毎晩のようにすんきづくりにいそしむ。
 すんき、とは、木曽の御嶽山のふもとで昔から食される赤カブの漬け物。塩も味噌も一切つかわず、カブに含まれる乳酸菌のみを発酵させてつくる日本で唯一の漬物だ。たった一夜で漬け上がるが、温度や素材のカブ、タネにする、すでに漬かったすんきの味によって出来映えが違ってくる。美味しいすんきを漬けるのは至極難しいのだ。
 昔は冬を越すための大切な保存食で、みなカブの収穫時期になるとすんきを漬け始め、おいしいものができるまでつくり続けた。一旦できてしまえば、その味をタネにして量を増やしていく。
「あんたんとこの酸くなったかい」が挨拶代わり。「まだ今年はダメだ」と聞けば、いいタネをあげたりもらったり。それほどここの女たちにとっては一大事の関心ゴトだった。
 すんきのつくられる御嶽山のふもと一帯には、それほど広くない範囲に三種類ものカブの在来種が存在する。開田高原の開田カブ、大滝村の大滝カブ、御岳村の黒瀬カブと、それぞれ少しずつ形が違う。カブの付け根に乳酸菌が多く含まれるため、すんきには根元と茎葉をメインにつかう。赤紫の実もいくらか刻んで入れると色が鮮やかできれい。さらに甘みが乳酸菌の発酵を助けてくれるという。
 すべては乳酸菌の力をうまく引き出せるかどうか。仕込みは簡単で拍子抜けするほどだが、作業の細部に秘訣が宿る。カブの茎と葉を大量に刻み、沸騰しない程度の(手を長く入れていられない程の熱さ)お湯にくぐらせ、既に漬かったすんきと新しい茎葉とを交互に入れて一晩寝かせる。お湯にくぐらせたカブの“気”が抜けてしまわぬよう瞬時に袋へ投入するのが肝心だという人もいる。仕込んだ直後の温度管理が大切で、1〜2日が味の決め手になる。「一にも温度、二にも温度」と廣子さんは嬉しそうに言った。
「何度つくってもうまくいかないと容器の前でうろうろして。中から発酵の時のしゅっしゅっという音が聞こえてきたら安心して寝るんです」。
 酸っぱい茎、だから「すんき」。京都の「すぐき」から伝わったという説や、カブを放っておいたら酸い匂いがして食べてみたら美味しかったという話もある。海がなく、塩が希少だった土地ゆえに発展したともいわれるが、廣子さんはこれには懐疑的だ。
「江戸時代の半ば当たりからは塩はあったはずなんです。ほかにもお漬物はたくさんつくられていたのでね。それでもすんきが廃れなかったのは、やっぱり美味しかったからだと思うの」。
 すんきには今わかっているだけでも20種以上の乳酸菌が含まれているという。温度が変わるごとに次々といろんな菌が発酵して複合的な味わいを醸し出す。酸味を出す菌、旨みを出す菌、甘み、香り…とそれぞれ役割がある。確かに、ひとくち口にすれば、酸っぱいだけでなく、一度に旨みや甘みなど深い味わいがして、癖になりそうな味。すんき汁やすんきソバにして食べると、酸味でかあっと身体があったまり、ああ寒い地域ならではの食だと納得する。
 地元のおかあさんたち70名が加入する「木曽すんき研究会」は20年ほど前に始まり、すんきの普及につとめてきた。毎年行われるすんきづくり体験では、おかあさん方から直々に漬け方を教わることができる。
「すんきは元気のもと。良さがたくさんあるから、みんなに食べてほしい」。廣子さんはつやつやした顔をほころばせて、そう言った。

雑誌『TURNS』Vol.16
P.142-143

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