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選文|01. 草を見つけに行こう! 『自然栽培』2015年夏号P.8-11

足元にさりげなく生息する草花を、「雑草」と呼ぶなかれ。
よく見れば、一つひとつが個性豊かに、のびのびと生きている。
そんな草花を探しに行こうとやってきたのが、
関東地方を流れる利根川の河川敷。
山野草研究家の篠原準八さんに、
草の世界を案内してもらった。

すべての草は食べられる

 朝10時。陽も高くなりはじめた利根川のほとりは、これから夏にかけてぐいぐい伸びようという草花の生命力に満ち溢れている。
 ここは茨城県取手市の利根川沿いの緑地。4月の初旬、この季節に生息する草花を見つけに行こうという試みで、案内役をお願いしたのは、山野草研究家の篠原準八さん。全国の野山を歩き、40年近く独学で草を研究してきた方である。  
 篠原さんはこれという草を見つけるとしゃがみこみ、愛おしそうに顔を近づける。そんな彼が「僕の庭」と呼ぶこのフィールドは、川が上流から運ぶ沃土でできているせいか、草花の勢いがすごい。旺盛にツルを伸ばすカラスノエンドウ、可憐な花をつけたオオイヌフグリやハコベ、ツクシもぴんぴん伸びている。この植生豊かな緑地を、ただの草むらと思ってはいけない。篠原さんと歩けば、ここが食材の宝庫であることがわかってくる。
 まず目を留めたのは茫々とした草の一群。
「ああ、すごく立派なノビルです。抜いて、かじってごらんなさい」。 
 言われるがままに力を込めて引っ張ると、意外や簡単に土がほっくり割れ、丸々した白い根っこが姿を現した。土を払い、おそるおそる一口かじる。つんとした香りと甘みが口いっぱいに広がった。あ、おいしい。しかもこれはよく知る味……ネギだ。 
「ネギ科の植物ですからね。こちらのスイバも食べてみてください」
赤っぽい茎をかじると酸い味がする。少し青臭いが、瑞々しくておいしい。
「毒があるもの以外はすべての草が食べられます。ただし、食べ頃がある。出はじめの柔らかい時期はおいしいけれど花をつけると堅くなってしまう。だから、春の草は手で折るのがいいの。すっと折れれば柔らかい証拠です」
 行く先に、からし菜の畑が一面広がっているのが見えた。

本来、“雑草”なんてない

 春の七草やフキやワラビなどの山菜はまだしも、ギシギシ、オオバコ、クローバーといった雑草の代表格が食べられると聞けば、誰もが驚く。
 さらに、春の草は人の身体が冬に貯めた毒素を浄化させ、夏の草には疲労回復などの効果があるという。草を摂ることで、私たちの身体も大きな自然のサイクルに順応できるしくみになっているのだ。
「そもそも、この世の中に“雑草”なんてないんですよ」と、篠原さん。   
 草の名前にはすべて意味があって、その由来を知れば性質がわかる。
 ツルが垣根を超えるほど伸びるカキドオシは「垣通し」と書き、実を食べたら元気が出てまた旅に出られるというのでマタタビ。薬草として名高いゲンノショウコは、飲めばすぐに治るから「現の証拠」。
 一つひとつの草がこの自然界で役割をもっている。  
 草を刈らず、作物を雑草と共に育てる自然栽培では、とくに草のはたらきが重要だ。野草が地中に根を張ることで土は柔らかくなり、ミミズなどの小動物が育まれ、空気中の窒素が土に入って肥沃な土壌ができる。
「草は生きるための環境を、ちゃんと自分たちでつくっているんです」

足もとの宝に気づく

 もとは新聞記者だった篠原さんが山野草研究家になったのは、「草に惚れたから」だという。
 記者時代から野山で草を摘んでは仲間にふるまっていた。野草の秘めた力を知るほど人に伝えたいと思うようになり勤続10年目にして転身。
 ときは高度経済成長期の真っただなか。若者は都市へ出ていき、地方の過疎化が進みはじめた時期でもある。
「草で村おこし、なんて話をしても、ぽかんとされることが多かったですよ。でも牛の餌だと思っていた雑草がおいしい“つみくさ料理”になると知ると、みるみる人気が出たんです」
 静岡県の旧引佐町には「つみくさ」という名の食堂ができ、長野県売木村ではつみくさ料理を売りにして、廃業寸前だった旅館が息を吹き返したという。どの地域も、篠原さんに草のことを教わり、地元にたくさんの宝があることに気づいたのだ。

草は自分の生かし方を知っている

 人の手のかかっていない、自然のままに育った植物に強く惹かれるという篠原さん。誰がタネをまいてくれるわけでも、育ててくれるわけでもない。置かれた環境に自分の形や生き方を合わせる草たち。
「植物はね、よぉく知っているんです、自分の生かし方を。たとえば、このオオバコ。和名を車前草といいますが、車の轍に生えるのでこの名がつきました。オオバコはほかの草との競争にとても弱い。だからほかの草が出てこない、人や車に踏みつけられる轍で生きているんです」
 さらには踏まれても折れないよう、オオバコには茎がないという。地面に大きな葉を広げて、人や車に踏まれながらも、ちゃんと生きている。
 そんな風に草花の性質をほんの少し知るだけで、世界はまるで違って見える。その土手も、この空き地も、個性的な草であふれていることを教えてくれたつみくさ体験。さぁあなたも、草と出会いにフィールドワークに出かけてみてはいかがだろう。

季刊書籍『自然栽培vol.3』P8-11
東邦出版 2015年夏号

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