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選文|05. そばを柳の葉に模した、かわいい一杯 『TURNS』Vol13 P.126-127

[連載] 地元のお母さんに教わる郷土料理 第4回
柳ばっと(岩手県九戸郡軽米町)

土地の暮らしが見える郷土食。
長く愛されてきた味を
旅して巡る食紀行。

「お茶っこ飲むけ?」、「そばもち食べれ」「漬物もあるよ」。小さな身体で台所を動きまわり、もてなしてくれるのは、岩手県九戸郡軽米町に暮らす久保田ミサホさん、76歳。
 ここ軽米町山内は二戸駅から車で20分ほど、青森との県境に近い山間部にあります。最近でこそ初夏には青々とした田んぼが見られますが、寒い地域だけに昔は米がとれにくく、ヒエやアワ、ソバ、小麦などの穀物や大豆、山菜などがおもな食材だったといいます。
「米は食べたくても病気した時か、お祝いや特別な時にしか食べられんかったでしょう。ヒエやアワをお米と混ぜたり、ソバや小麦をこねて汁に入れて食べたんよ」
いまもこの地域で愛される郷土食、「ひっつみ」や「かっけ」も、昔は自家の畑で育てた小麦やソバでつくる大切な日常食でした。なかでもソバは、そばもち、そばかっけ、そばはっとう、そばねり、と食べ方がじつに豊富。
「疲れて帰って、細いそばっこ打つのは大変だもの」
 手間のかかる蕎麦切りに対して、大雑把に生地をちぎって鍋に入れるだけの料理は、当時のお母さんたちの工夫の産物でした。
「柳ばっと」もそのひとつ。親指ほどの幅に薄く伸ばしたソバをおつゆに入れていただく手軽なもの。地主や旦那さんなど「えらい人」に出すときにはに少しでも見た目よくと、柳の葉に型どったのが始まりでした。お椀にゆらゆら浮かぶ姿が、柳の葉を思わせます。
 柳ばっとのつくり方を教えてくれるという久保田さん。手はすでにしゅっしゅっとソバ粉をこね始めています。お湯と崩した木綿豆腐を加えながら練り、耳たぶほどのやわらかさになったら棒状にして輪切りに。それをひとつひとつ葉の形に整え爪楊枝で葉脈の筋をつけます。この「型っこつける」作業をお手伝いしながら、自分でつくったものを厚すぎる、大きすぎたなどと品評していると、「あんた、何十年もつくってきたこのばあさとおんなしようにつくれねぐでもあたりめえだ」と言われてしまいました。
 たっぷりの煮干しでとっただしに鶏肉と根菜類を入れ、自家製の豆味噌を溶き入れます。最後に柳の葉を入れてくつくつ煮えたら食べごろ。さっそくひと口いただくと、やさしいだしにふわりとごぼうの香り。普通のおそばよりも生地が厚いため、しっかりとソバの味がします。
 子どものころから両親にかわって炊事担当だったという久保田さんは、この地域でも郷土料理の名人です。
 ここに暮らす人々にとって、日々の食事を用意することは、料理するだけでなく、山、川、田畑で採れる食材を工夫して生かすこと。季節の山菜や野菜、川魚。味噌は畑で採れた大豆を蒸して菌と混ぜ、約10か月かけて寝かせたもの。豆腐も醤油も納豆もぜーんぶお手製。
 久保田さんちの冷蔵庫には、そうしてつくられたお惣菜や漬物などのごちそうがぎっしり詰まっています。
「いまはそれが一番のぜいたくよね。田舎さ行っで、お金で買えない味わいしてきましたって、都会さ帰ったら自慢してね」
 久保田さんは、郷土料理を子や孫の世代にも伝えたいと、長年講習会や販売などの活動もしてきました。
でも「もう充分働いた、あとはのんびり暮らしたい」。そう話しながらもぱたぱたと台所へ……。久保田さん、一生のんびりはできなそうです。

雑誌『TURNS』Vol.13
P.126-127

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